|
京都精華大学の2002年度人文学科、論文入試問題に拙著『介護保険 不幸のカラクリ』の一節が取り上げられた。相当の長文だが、緊迫した会場に学生らの笑い声がもれただろう。次代を担う若者たちに大声に惑わされない判断力を培ってほしいと切願する。
そのひとつが介護のボランティア活動だ。日本の介護の社会化とは、まず全日制の主婦をかり出してのボランタリー介護のことであり、次に18歳のボランティア義務化という。「徴兵制」が浮上(2000年12月「教育国民会議」では義務化は引っ込めたが、小中学生全員の「奉仕活動」とした)、強制力は否めない。
さて、北欧各国の施設には若者がボランティアで大勢働いていた。私がインタビューすると、彼らは良心的兵役拒否の若者で、軍隊に行ったのと同じ給料を国からもらって働くことをボランティアと言うのだ。ほかのボランティアは67歳以上の元気な老人。67歳から出る年金をもらってのボランティア活動であり、中高年の専業主婦はひとりもおらず、女も全員働いて納税し、福祉国家を支えている。
ドイツの介護保険を支えるのも良心的兵役拒否の若者たちである。どんなシステムでも降りる自由を認める社会に民主主義の成熟度を思う。一斉に右へならえで逸脱を許さぬ日本の学校で、奉仕活動をいやだという子がいたら、さてどうするだろうネ?
ついでにアメリカではホームレスのシェルターなどで働く老若男女のボランティアは、生活ができる程度の安い給料をもらっている。霞を食べてボランティアはできないからだ。シェルターの多くは教会にあり、牧師が国、州、郡、市から税金をかき集め、職員やボランティアの給料、運営費などを支払う。
足りなければ基金からもらうが、ホームレスの食材は企業からの現物カンパで、社会のセーフティネットは手厚い。助けあいの号令をかける日本の精神主義って、「欲しがりません勝つまでは」とダブってものすごくコワい。
|