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チベット人は、中国のチベット自治区、青海省の大部分、四川省の北部・西部、甘粛省甘南州、雲南省北部などに暮らす、チベット固有の文化を持つ人々の総称です。
現在、チベット人が多くすむ「チベット自治区」は、平均標高は4000メートル以上の高原地帯に広がっています。南部にはヒマラヤ山脈がそびえ、標高8848メートル以上の世界最高峰チョモランマがネパールとの国境地帯に聳えています。
また、日照は十分なのですが、空気が希薄で、気温はかなり低く、降雨量は少ない土地柄です。しかし、複雑な地形や独特な気候のために、チベットは多様な植物が育ち、また、特有の珍しい動物の生息地でもあります。
チベット人のほとんどがチベット仏教を信じ、日々の生活は信仰に彩られています。
今回は日本で、チベット文化に関する啓蒙、研究を行う「チベット文化研究所」のリンジン・ギャリーさんに、チベットのお年寄りについてお話を伺いました。
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| Q まず平均寿命を教えてください。
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80歳,90歳など長生きする人もたくさんいますが、平均で考えれば女性は55歳、男性は50歳程度でしょうか。
でも、チベット人は「長く生きることに価値がある」というより「良い生き方をすることが大切」というように、長さよりも生き方を重視します。ですから、平均寿命はあまり意味をもちません。
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| Q 何歳くらいからお年寄りと呼ばれるのでしょうか?
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チベット人の場合は「年寄り」ということは、すなわち「修行の道に入る」ということです。
チベット人の考え方では、生命は永遠であり、今生まれている人には前世も来世もあると考えます。ですから、ある程度の年齢が来たら、来世のために修行することが大切になります。
日本の場合は、年をとったから後は自分の楽しみに時間を使う方も多いようですが、チベット人はそうは考えません。来世を考え自分のために祈りの生活に入ります。年を経てきたら、できるだけ「祈りの時間」を持ちたいと、嫁に全てを任せるようになります。
その年齢は人によって大きな差があります。例えば年齢的にまだ若くても、「息子が嫁をもらったので、家のことを全部嫁に任せて、私は修行の道に入ります」という人もいます。
反面、家事が苦手な嫁をもらった場合は、お母さんがまだまだ頑張らなくてはいけないので、修行の道に入れない人もいます。
「お年寄り」の一つの目安としてはチベットは暦の上で、12支5大男女の組み合わせがあり、60年周期で繰り返します。
60歳になってもまだ働いているというのは、少し恥ずかしいことで、その後はもう修行したいと考えるのがふつうですね。

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| Q お年寄りの社会的立場は? |
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チベット社会では年上の人が中心であり尊重されています。
若い人は仕事で家にいなくても、家にはつねに年長者がいて、家のことは取り仕切ります。
7世紀にチベット仏教が一般的になりました。そのときの王様により16条の憲法が作られました。そのなかですでに「自分より年上の人を大切にし、尊敬する」ということが書かれています。
同時に年長者は年下の人を助け、面倒をみることが当たり前とされています。
これは、お年寄りというだけでなく、自分でもちょっとでも先に生まれた人は、自分より経験がありますから、大事にし尊敬します。
チベットのお年寄りはあまり惚ける人もいませんし、病気で寝たきりの人もみません。
たまに惚ける人がいても、それを「悪いこと」とは考えていません。むしろ、「子どもに帰った。自然にもどった」ととらえて「とても可愛い、お婆さんが子どもになった」と考えますね。
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| Q 老後は誰と暮らしますか。
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チベットでは、「自分のために」生きるのではなく、「自分の家のために」生きると家を中心に考えます。家には親がいるのが当たり前ですから、もともと一緒に暮らすという考え方しかありません。
日本ではこれは私のもの、あなたのもの、という考え方が強いようですが、チベット人社会では「皆のもの」という考え方をします。
年配の人は、いつまでも全部自分ができる、とは思わず、できないことは周りのみんなに任せます。
日本の場合は年配の方が、人の世話になりたくないとか、少しがんばりすぎる(笑)ようです。
チベットの夫婦はたとえ子どもがいなくても、兄弟の子は自分の子で、自分にも子どもがいる、と感じています。子ども側からみても同じように、親がたくさんいる(笑)と感じています。
一家の中の一人一人の得意なことや運命が違います。外で働くのも、家の中の仕事をするのも能力に応じて得意な人がやります。
その場合家にいる人が子どもたちの面倒をみてますから、親戚の子どもたちは一緒に育ちます。
私自身は兄弟9人ですが、その子どもたちが27人います。その子どもたちはお互いに「いとこ」同士というより、兄弟という感じですね。

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| Q お年寄りから教えてもらうことはどんなことですか。
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一つには16条憲法にも書かれている「人を大切にする」ということです。人を大事にすることは自分を大事にすることです。自分を中心にしたら、人のことが見えなくなります。
チベットでは見知らぬ人でも大事にします。
もしかしたら過去世に会ったかもしれませんし、次の世に一緒に生まれてくるかも知れませんから。たとえ、今は犬であっても自分の親になったことがあるかもしれない。そんな考え方がチベットにはあります。
もう一つは「いい生き方をしなさい」ということです。
人間として生まれることはとても難しいことですから、いい生き方をすることが、とても大切になってきます。宗教観が生活そのものになっています。
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| Q ことわざはありますか?
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いっぱいありますよ。
たとえば「種がなければ花が咲かない」。親がいなければ子どもはできないという意味です。
また「正しい生き方をしないと、人に批判されるとすぐに倒れる」というのもあります。自分が強くなれば、たとえ人から叩かれても痛くない、だから自分を強くすることが大切、とう意味でしょうか。
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| Q おじいさんとおばあさんでは、どちらが大切にされるのでしょうか。
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大事にされるという意味ではまったく同じです。ただ、男女の役割は違って当然で、男性は男性の責任、女性は女性の責任がありますから。
家にたとえると、お母さんは柱、でお父さんは屋根にたとえられます。
お母さんは強くて、いつも家にいて家族を守る存在です。父は屋根ですから、晴れているときには、なくてもどうにかなりますので、普段は外で働いて家族を養います。でも家に長い間屋根がなかったら雨が降ったときなど困りますから、いざというときに必要になるのが男性の存在といえるでしょうか。
でも、この役割も決めつけはしません。お父さんができない場合はお母さんが働きに行けばいいことです。お母さんが何もできなければ、お父さんがやります。できる人とできない人がいて当たり前ですから。体が弱い人も丈夫な人もいますし。だから一人一人違いますから比べません。運命は皆違っています。

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| Q お年寄りの日常生活について教えてください。
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毎日、時間があると祈っています。
チベットはどこにいってもお寺があります。夕方3時くらいからお寺にお参りします。100回も200回も訪れます。今風にいえばたいへん良い運動にもなりますね(笑)。
また、どこかのお寺に偉いお坊さんがくれば説法を聴きに行きます。子どもたちも少しお金に余裕ができたら、親を巡礼に連れて行きたいと考えます。巡礼に毎年行く人もたくさんいます。ラサや釈迦が生まれたブッダガヤが巡礼の地です。
でも特別な場所に行かなくても、家で座っていても祈りますし。いつでもどこでも祈ります。
祈る内容は、世の中が良くなりますように、またすべての生き物が幸せになりますように、いいところに生まれますように、ということが中心です。
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| Q 食生活を教えてください。
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チベットの人々は肉が大好きです。魚はほとんど食べません。動物の命を犠牲にする訳ですから、大きい動物なら一つの命を犠牲にすれば大勢で食べられます。しかし、魚ですと、たくさんの命を犠牲にしなければなりません。
野菜はぜんぜん食べません。チベットではもともと採れなかったこともあります。しかし、バター茶は非常にたくさん飲みます。
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| Q リンジンさんのおじいさんとおばあさんの思い出はありますか。
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私の祖父母は若くして亡くなりました。しかし、チベットでは、近所のおじいちゃんおばあちゃんが、皆のおじいちゃんおばあちゃんと考えます。とくに誰のおじいちゃんかということを問題にしない。いつもたくさんの年寄りに大事にしてもらって育ちました。
また、子どもたちもお年寄りに優しいですよ。
チベットでは、夜トイレが遠いので、今でも寝るときは尿瓶を使います。朝になると、子どもたちがお年寄りのために、尿瓶を片づけるなどとても普通のことです。
小さい子どもはおばあちゃんが育てますから、特におばあちゃんは大好きです。それに、チベットには嫁姑問題はぜんぜんないといってもいいと思います。見たことがありませんから。年配者を大切にするという風習があるからでしょう。

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