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Q 始めにセネガルについて教えてください。
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「1000年の木」を意味するバオバブの木 |
セネガルは、パリ・ダカールラリーで有名なダカールが首都で、大西洋に面した西アフリカに位置する国です。
面積は日本の約半分。そこに約950万人の人々が暮らしています。人口を見ると土地に余裕があるように見えますが、国土の半分以上が砂漠に近いような乾燥した土地で、住むのに適しているとはいえず、しかも自然資源に恵まれていません。同じ、アフリカ大陸でも密林地帯が多い国でしたら、果物や椰子などがとれますが、セネガルはそれも少なく、鉱物資源もありません。ですから国の経済的基盤がかなり弱いと言えますね。
セネガルは1960年にフランス植民地体制から独立しました。現在、国民の約半分の人が20才以下で総人口の平均年齢も21、2才ですから、老人福祉よりも、若年層の教育や雇用の確保が緊急の課題だと思います。
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Q 識字率はどのくらいですか?
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近年の公式統計では非識字者は73%にのぼると発表されています。都市部に住む人々はある程度読める人が多いですね。
ただし、セネガルの場合、識字というと公用語のフランス語が読み書きできるかどうかということです。
セネガルは、単一の民族で構成されているわけではなく、主な民族の話す言葉だけでも8種類あります。しかもその言葉の差が、東北弁と九州弁といった方言の次元での差ではなく、日本語と韓国語くらいの違いがあるので、全く通じません。
しかも、もともとセネガルの8つの言語は、文字を持たない言語ですからアルファベットをむりやり当てはめて、ちょっと工夫して表現している。
それらの文字を習得した人の数は、公用語のフランス語を読める人よりもっと少ないでしょう。

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Q 人口の半分が20才以下というと早死にする人が多いのですか?
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ダカール市内のモスク |
食料確保が難しく、マラリアとか黄熱病などの風土病にもかかりやすいので、5才以下の死亡率20%くらいあります。
平均寿命は日本と比べると比較にならないほど低いと思いますが、年寄りはいないかというとそんなことはなくて、けっこう見かけます。70才80才まで生きるのはけっこう普通です。乳幼児のうちに風土病に罹っても、それを乗り越え生き残った人は強いのでしょうね。
セネガルだけでなくアフリカ全体に言えることですが、老人の発言力は非常に重みがあります。
高齢になるまで生き残った人たちは、経験が豊かで、人生の知識が豊富だとみなされて、大事にされ尊敬されています。
これは伝統的な社会が残る農村部だけではなく、都会でも大事にされますし、発言力も持っています。
お年寄りが大切にされるのは、国民の95%を占めるイスラム教にも関係してくると思います。
セネガルでは、宗教と政治は分離されていて国教ではありませんが大部分がイスラム教を信仰しています。このイスラム教がお年寄りが大切にされる原因のひとつになっているかもしれません
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Q フランス領だったのにイスラム教徒が多いのですか?
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フランスがセネガルに本格的に入ってきたのは1890年くらいで最近のことです。それまではフランスはセネガルまで船で来ても、沿岸部で奴隷貿易だけを行い、内陸部には入ろうとしませんでした。
実は、奴隷貿易は、大西洋を越える間に15%くらいの黒人は死にますし、危険が大きく、お金がかかる商売でした。
ちょうどそのころイギリスで産業革命が起こって、大量生産が出来るようになり奴隷もそれほどいらなくなります。そこで、むしろ奴隷としてアメリカに連れて行くより、アフリカ大陸をそのまま第一次産品の生産地としたほうが効率がよいと考え始めます。そうやってフランスのセネガルに対する植民地化が始まったわけです。
植民地支配から独立までフランスはセネガルに対して70年間しか支配していません。
しかし、イスラム教は陸路で、紀元1000年くらいから伝わっていました。
セネガルに限らず、なぜアフリカ全土にこれほどイスラムが根付いたかといいますと、それは導師(イスラム教を教え導く人)を現地人の中から育てたからです。キリスト教の場合は、あくまで現地人に「教えてあげる」という立場を崩しませんでした。
と同時に、セネガルの貴族階級にとってイスラムは人々を支配するのに都合のいい宗教でした。文字を持っていたからです。記録は政治的な権力者にとって重要な武器になります。
また、イスラム教は一夫多妻制をとります。これはアフリカ社会にもともと社会制度としてありましたから、受け入れやすかったこともあると思います。
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Q 高齢者の福祉政策はどこまで整っているのでしょうか。
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ダカール市内を走る乗り合いバス「カール」 |
国家による高齢者に対する福祉政策というのはないに等しい状態です。しかし、人々の共助システムとして、イスラムの「喜捨」が福祉のひとつの柱になっています。
私有財産をもってもかまわないから、使うときはなるべく多くの人と一緒に、わかちあって使いましょうという考えが浸透していて感心します。
社会的な福祉制度がきちんと整っていないからこそ、実行しようと試みる。セネガルにいると、自分たちがけっして豊かに見えない人が、もっと貧しい人に自分の持っている物をあげている姿をよくみます。
アフリカでは、お金持ちは日本に比べてはるかに尊敬されています。というのも金持ちであると言うことはイスラムの考えでは「バラカ」=幸運がある、神から運を与えられたから金持ちなんだ、神から好まれている人だと考えられています。
そしてお金持ちの人は、それを人々に分け与えなければならない、とも考えられていますから、なかば金持ちの義務のようになっています。
とくに、伝統的農村社会では、皆が同じような生活をしていることが大事なようです。貧富の差が飛び抜けているのは「社会の調和を乱す」と考えられ、なるべく同じようにしようと試みられているようです。
西欧的な近代的な発展からみると遅れるところがでてきますね。たとえば、一人だけ飛び抜けて金持ちになろうとした時は、周囲がそれを疎外しようとする働きにもなるわけですから。
でも、村人が、食べられないほど困ることはありません。そうなるまで周囲が放ってはおきません。
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Q 介護が必要なお年寄りは誰がみるのですか?
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農村部での炊事風景 |
先ほども言いましたように社会的な福祉制度はないに等しいんですね。
では歳をとったら誰に見てもらうかと言えば、さしあたって子どもで、女性は子どもを産むことが大切になってきます。
それでは子どもを産まなかった、また産めなかった女性はどうするかと言いますと、これは日本の常識では全く想像がつかないくらい、養子養女が簡単にやりとりされています。
子どもを産む人というのはたくさん産む場合が多く、7,8人は産むというのもざらです。ですから、子どもがいない女性や、一人しかいない女性に簡単にあげてしまう。日本にいたらわかりにくい感覚ですが、セネガルでは産みの親と育ての親が違うというのは珍しくありません。
すごく貧しい家庭でも、子どもをどんどん養子にする。親族からもらうことが多いですが、養子が5人いるなんていう人もいくらでもいましたよ。
老後のための戦略ですが、もらった以上はとてもかわいがって育てます。
その子たちが大人になったとき、自分を育ててくれた人ということで、介護が必要なときは面倒をみるわけです。育ての母が自分にとっての本当の母だと思っているようです。
社会的な福祉制度はなくても、社会全体としてそのように面倒をみています。

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Q 人々が自然な形で支え合っているのですね。
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そうです。しかしこのような地縁血縁による共助という風習にはマイナス面もあります。
私の友人にも、田舎を離れ、都会に住み大学の教授になった人がいます。
すると田舎から次々にいろいろな人が訪れ長逗留していく。1ヶ月くらい平気でいますので、友人は生活費を出します。病気で出てきた場合は、病院の薬代まで負担しなければならない。友人宅に行くと、誰かそういう人がいなかったという試しがない。いつでも人がいました。
あれでは自分のお金が蓄えることができないと思いましたね。友人は子どもの頃お世話になったのだから今は恩返しをするのが当然、と言いますが、実際には、経済的に非常に苦しい思いをしているようです。
セネガルではまだ、高齢者を社会全体でみるというシステムはないと思います。一応、「女性、子ども、家庭省」があり、そこが社会福祉を担当していますが、有効に機能しているかどうかはわかりません。
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Q お年寄り、父親、母親の役割を教えてください。
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「ローズ」と呼ばれるわらの家 |
男性のお年寄りは家長のような存在で、大切にされ尊敬されています。
そして、一般的に、小さな孫を猫かわいがりしている光景を目にします。
たとえばご飯は、男女は別々に食べるのがふつうです。
家長は、孫をたいていひざに乗せて食べています。とくに小さい子が大切にされています。魚の頭の部分は一番美味しいので、本来は家長が食べる特権があります。それを孫に食べさせてあげたりと、なにしろものすごく可愛がっています。
母親は子どもから大切にされる存在です。
しかし、村の女性の仕事は非常に多くて厳しい。朝は4時くらいから起きて1日中休む間もなく働きます。育児はもちろん炊事や洗濯があります。なかでも水くみという重労働があります。これはたいへんで30キロのたらいの水を何回も遠くから運ぶ。他にも、杵つきや村の共同作業、そしてそれが、一段落したらたきぎ取り。これも重い。雨期には畑仕事もします。介護がある場合は当然それも加わる。村に住む女性は本当に大変です。
父親は社会的に権威がある存在ですね。男が家計の管理をする。主な仕事は村の政治でしょう。農村では男性も雨期で畑を耕す間は働きますが。乾期は政治だけですね。
農村では、性による労働の分業がはっきりしていて、女の仕事は男性がやってはいけないと言われています。穀物を杵でつくのも重労働、水くみも重労働、でも男性はやってはいけない。圧倒的に男性が女性を抑えている社会ですね。逆に考えると男性は女性がいないと生きられないかもしれません。
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Q 最後にセネガルの今後の課題について教えてください。
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80年代以降、構造調整計画が導入されてから、全体的に貧富の二極化が進んでいます。
都市に移り住む人々が増え、人口の50%を超える人々が都市に押し寄せています。とくにダカール首都圏の面積は国土面積の0.3パーセントでしかないのに、国民の20%にあたる約200万人が住んでいます。
ですから、衛生問題、失業者問題、学校不足などありとあらゆる都市問題を抱えています。
現在は、そのような人々が、「共助」の仕組みの中に吸収されていて、それなりに生きて食べています。
始めに話したように、セネガルでは高齢者問題よりもそれらの解決の方が急務です。
今は都市に暮らしていて年取った人たちは、田舎に帰っていきます。そうすればとりあえず食べられますから。しかしこれから都市型の生活が定着していったときに、老人福祉は大切な課題になるのではないでしょうか。
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