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世界の高齢者福祉

世界の高齢者福祉

宇佐見耕一

第三回 アルゼンチンの高齢者福祉

<アジア経済研究所 地域研究センター
ラテンアメリカ研究グループ長
宇佐見 耕一>

基本データ
 首都:ブエノスアイレス(Buenos Aires
 政体:立憲共和制
 人口:3,626万人(01年国勢調査)
 平均寿命:男70.64歳、女77.74歳(2000年 ~2005年予想)
 65歳以上人口の全体に占める割合:9.7%(2000年データ)
 宗教:カトリック(約92%)
 GDP:3,125億ペソ(2002年データ)
 国家予算:不明

Q アルゼンチンでは高齢化が進んでいるのですか?
ブエノスアイレス
300万人が暮らす首都
ブエノスアイレス

 アルゼンチンの平均寿命は男性が70.64歳、女性が77.74歳(2000年~2005年予想)です。ラテンアメリカの中でも高齢化率が高い国のひとつで、2000年には65歳以上の人口比率は9.7%でしたが、2025年には12.3%に上昇すると予想され、国民の老後の生活に対する関心が高まっています。

 アルゼンチンと言うと、近年の経済危機の印象も強く、発展途上国と思われる方も多いかもしれませんが、20世紀の初頭、アルゼンチンは、世界的にみると先進国の1つでした。国民の経済的豊かさを一人当たり実質国内総生産の額でみると、ドイツなどの欧州列強と並ぶ高さで、当時の日本と比較しても数倍以上の高い水準でした。

 「南米の巴里」と呼ばれる首都ブエノスアイレスをはじめ、文化の香り漂う豊かな国をめざして、イタリア、スペインを中心に、世界中から移民が押し寄せました。日本からも移民が向かい、現在も約 2万人の日系人が生活しています。

 第一次世界大戦にも参戦しなかったので、戦中戦後の疲弊を経験しない豊かな国でしたが、1930年代から、アルゼンチンの経済成長は他国に後れを取り始めました。

 肥沃なパンパを持つアルゼンチンではもともと農業が盛んで、19世紀末には、欧州向けの輸出が急増したため、農業以外の産業を育成する必要を感じなかったのです。そのため、アルゼンチンは産業構造の転換ができず、世界の技術革新に後れを取ったといわれています。

 また、移民国家のため、国としてまとまりにくく、適切な方向転換ができなかったという、政治の在り方に原因があるともいわれています。

 このようにアルゼンチンは、基本的にヨーロッパ移民で成り立つ国で、イタリア系かスペイン系の国民が約70%を占めています。

 宗教はカソリック教徒が多いのですが、カソリックによくみられる大家族主義ではなく、個人主義が強いといえます。

 高齢者が子どもと同居する比率は25%(1980年)と中所得国としてはきわめて低く、むしろ高所得国の水準に近いものです。

大草原「パンパ」
果てしなく広がる大草原「パンパ」

 アルゼンチンでは、子どもは結婚すると独立し、親子別々に暮らすというのが一般的です。なぜ同居率が低いかというと、まず、国が豊かで早くから都市化が進んでいたこと、2つめに移民国家のためアジアにみられるような伝統的農村が不在であったこと、そして年金や医療制度が比較的早くから整い、高齢者が別居可能な社会的基盤が整っていたこと、などが考えられます。

 しかし、同居しないといっても、親子は同じ地域に住み、きわめて頻繁に往来し支え合って生きています。たとえば、息子夫婦が親の家から10分くらい離れたところに住み、週に何度も顔をだすのは当然のように行われていますし、なかには会社の帰りに毎日親に会いに行くというのも珍しくありません。

 若夫婦が共働きで、その両親が子どもの面倒を見てもらい、また、子どもが親に対して経済的に援助したり病院の送り迎えなどを行うのも、当たり前の光景です。

 しかしアルゼンチンでも同居がないわけではありません。低所得者層の家庭では、家賃や生活を倹約するために同居している場合がありますし、文化的な背景から日系移民の家庭では、しばしば同居している場合が見られます。

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Q 介護をするのは、やはり女性の仕事ですか?
イグアスの滝
ブラジルとの国境にあるイグアスの滝

 高齢者に介護が必要になると、基本的には子どもが支援します。
と同時に、アルゼンチンの中流以上の家庭では、古くから、家事の一部またはその大部分をメードに委ねることが一般的に行われています。

 介護が必要になった場合もまた、メードまたは看護師を雇うことはきわめて日常的に見られる光景です。

 アルゼンチンの女性たちの労働市場は二重構造になっており、高学歴・高賃金で正規の労働契約を結んだ労働市場と、低学歴・低賃金で正規の労働契約を結ばない労働市場があるとされています。

 前者の女性たちが、自分の親の介護負担を、後者の女性たちに代替してもらうということが成り立っています。

 しかし、メードを雇えないような低所得者層の女性たちは、自分の親が介護が必要になった場合は、仕事をしながら、自宅でも介護をするという状況に追い込まれます。

 また、家族だけの支援では立ちゆかなくなった場合、公的支援を受けるということもありますが、これは条件が厳しく高齢者全体に対応するのは不十分なので、民間の老人ホームが中心的な役割を果たしています。

 しかし近年、施設で介護を受けるより、慣れ親しんだ自宅で介護を受けたいという人も増え、在宅介護に公的支援を拡充しようという動きが出てきています。

 そこで近年アルゼンチンでも公的なホーム・ヘルパー制度が整備されて来ています。首都のブエノスアイレスの場合は公的なホーム・ヘルパー雇用への全額または一部補助制度があります。

 ホーム・へルパーになるのは養成コースに行く必要があります。入学の条件は現在失業中であること、性別に関係なく30歳から55歳までで、小学校を卒業していることです。養成コースに在学中は奨学金を受けることができます。

 このホーム・ヘルパー制度は福祉政策と失業対策が結合しています。

 さて、このホーム・ヘルパーを利用できる高齢者ですが、市に申請します。家庭の経済状態が考慮され、市が全額負担または一部負担かを決定します。経済に余力がある場合は市の援助は行われず、個人的に介護者を雇用するように求められます。現在全国で2000人のホーム・ヘルパーが就労していますが、必要な人数は17000人と言われ、大幅に不足している状況です。

Q 高齢者向け施設について教えてください

 高齢者施設は運営主体により、公的施設、非営利団体施設、民間営利施設の三つに分かれます。公的施設は州および州と同格のブエノスアイレス連邦首都が運営の中心になっていますが、たいへん数が少なく、高齢者向け施設の中心は営利・非営利の民間施設といえます。

 公的施設は支払い能力のない人に対しては無料で、社会医療保険との契約がある人はそこから支払いがなされます。

 民間の施設は原則として有料で、社会医療保険と契約を結んでいる施設が多いようです。

 一般に公的施設は大規模な場合が多く、入所の原因は社会経済的要因が多いといえます。家族から援助を受けられない人もいて、入所者にたいする家族の訪問も少ない場合が多く見受けられます。入所申し込みに対して施設数がたりずに、順番待ちで待機している人がいるようです。

 ヘルパーは各フロアに2,3人おり、午前、午後の二交代で勤務しています。施設でヘルパーになるには特別な資格は必要ありません。大半のヘルパーは女性です。アルゼンチンでも福祉の女性化がみられます。

 民間有料老人ホームは、普通、公的施設に比べて小規模で豪華な建物が多く、社会的入院はほとんど見られず、経営者の大半が医者です。

 ブエノスアイレスでは老人ホームは街中にあり、子どもたちが頻繁に訪ねてこられるような場所に作られています。

 老人ホームはかなり高級な老人ホームでも相部屋が一般的です。老人ホームの中には、イタリア系とかスペイン系、また日系のように移民集団別に経営されるものもあります。

 利用料金は、月額400ペソ(1ペソ=1ドル:2001年末まで)から5000ペソと差があり、提供されるサービスも料金によって異なってきます。

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Q 年金制度、医療制度を簡単に教えてください
ペリト・モレノ氷河
巨大なペリト・モレノ氷河

 アルゼンチンの年金支給開始年齢は男性65歳、女性は60歳です。基礎年金を受給するには30年間の保険料支払いが必要になります。給付される年金は「公的賦課方式」か「賦課方式+民間積み立て方式」のいずれか選択した方になります。

 受給額は雇用労働者が427.87ペソ、自営業者が190.29ペソになっています(1997年3月)。

 多くの高齢者、とくに雇用労働者は特別な資産がない場合、この年金が主たる収入源ですから、この金額で生活していることになります。この金額は雇用労働者の全国平均賃金の63%くらいにあたります。自営業者はより厳しい状況に置かれています。

 1991年の年金受給者は全国平均で69.6%ですので、約30%の高齢者が年金を受給していないことになります。また、主婦には年金制度は適用されませんし、一人暮らしの女性高齢者は経済的により厳しい状況に置かれているといえます。

  アルゼンチンの医療を財源からみると、税金で負担される原則無料の公立病院、保険料で賄われる社会保険である医療保険、そして民間医療保険あるいは医療費個人負担、という三部門に分類することができます。

 公立病院は原則的に無料ですが、社会医療保険に入っている人からは料金をとります。そこで公立病院の利用者は主に社会医療保険をもたない低所得者になっています。

 社会医療保険は、雇用労働者とその家族が主な対象者で、自営業者向けの社会医療保険は事実上存在しません。社会医療保険加入者は、主に、各々の医療保険組合と契約した民間の医師や病院にかかることになります。

 このほかに、年金受給者と70歳以上で他の医療保険に未加入の高齢者には、老人医療保険である「統合医療プログラム」があります。

 公立病院は予算不足などで医療サービスに多くの問題があります。たとえば、初診の時には、しばしば前日夜から順番待ちをしなければならないとか、無料の薬が不足し、薬がもらえない、などということが起こっています。

Q 今後の動向について教えてください
民間有料老人ホームのチラシ
民間有料老人ホームのチラシ

 前ドゥアルデ政権は公的債務1,321億ドルの一時支払い停止を継続し、為替制度については、自由変動相場制へ移行しました。

 その後ペソ価格は大幅に下落し、一時1ドル=4ペソにまでなりました。物価はじわじわと上昇を続け、失業者も増加したため、貧困層が拡大し、国民の半数以上が貧困層以下という事態にまでいたりました。

 グローバリゼーションの優等生と呼ばれていたアルゼンチンですが、近年政策失敗で混乱に陥り、経済状況は悪化の一途をたどっています。

 しかし、このような情況のなかでも、福祉予算を取らないわけにはいきません。移民が多いアルゼンチンでは、それぞれの先祖の母国に移住を希望するものが増えており、特にスペインやイタリアへの移住希望者が非常に増えています。

 しかし、生活手段をもたない高齢者は今から先祖の母国に移住することはできません。

 アルゼンチンの国民、とくに高齢者の生活は、出口が見えない厳しい環境におかれているといえます。

 

宇佐見耕一(うさみ こういち)
宇佐見耕一
 アジア経済研究所 地域研究センターラテンアメリカ研究グループ研究グループ長。
 専門はラテンアメリカ経済史・社会保障論。「パンパの国の暮らしと保障 アルゼンチンの高齢者」(『ラテンアメリカを生きる』共著)「19世紀末アルゼンチン・トゥクマン糖業と地方オリガルキー」(『ラテンアメリカ研究年報』第18号)など多数。


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