最近ひょんなことから近所の二人のお年寄りの引越を手伝いました。
78歳のサダさん(もちろん仮名)は、15部屋もあるとても大きな家に住んでいたのですが、ご主人が事業に失敗し、返しきれない負債を抱え、そのご主人と、頼みの綱の一人息子さんがこの5月にガンで相次いで亡くなり、全部整理してアパート一間への引越でした。
当然ながら、50年以上暮らしたその家の荷物の量の多いこと!
荷物を処分し、一部屋に収まるようにまとめるのは一苦労。
それでなくても、モノを捨てることは思い出を捨てることにつながります。
高齢なうえに、息子さんを亡くした直後の引越は、本当に辛かったと思います。
生きる気力をなくすのではと、とても心配でした。
あれから一ヶ月。
「狭いって便利ねぇ」とサダさん。
大きな家の時は、庭の手入れや修繕など「家のために」かなりの時間が割かれたそうです。今は「掃除があっという間に終わる」と笑います。
「負け惜しみではなく、生きていくのに必要なモノはそんなに多くないって分かったの」という言葉と、苦しみに負けない笑顔が心に沁みました。
もう一人のエイさんは90歳。
人生の大半を暮らした地域が再開発され、高層マンションに。建つまで5年かかりました。
すでに友人もかなり亡くなり、ご近所の商店街もなく、大きく様変わりした町に昔の面影はありません。
それでも住み慣れた地域がいいと、その新しい高層マンションに帰って来ました。90歳という年齢にとっては、どうも住みにくそう。何しろマンションの入り口から自分の部屋に着くまで、鍵を3回も空けなければなりません。
広々としたリビングはフローリングの17畳。他にいくつも部屋があるのですが、近代的な設備は使いにくそうです。認知症気味のエイさんが、ここでの一人暮らしをいつまで続けられるのかしら・・・。
お二人に共通するのは、頼れる親族が一人もいないということです。成年後見制度をお勧めしていますが、これからたいへんだろうなぁ・・・。
お二人の引越を手伝い、老後をどこで暮らすか、つくづく考えさせられました。
年齢と共に、身体も弱り、適応力も低下しそうだし、生活環境が大きく変わるとストレスもたまりそう。かといって、早くから「終の棲家」を準備していても、自分自身や、家庭の状況、世の中の変化でどうなるか分からない。
よく、老後の一人暮らしには「気力」「体力」「財力」が必要といわれるけど、それだけじゃなく「柔軟性」や「友人力」だとか、本当にたくさんの力を総動員する必要がありそうです。
社会を見回しても、長期入院が認められていた介護保険適用の介護療養病床の約13万床は来年までに廃止される事が決まり、行き場のないお年寄りはますます増えそう。
住み慣れた自宅でさえも、今の75歳以上のお年寄りは、4分の3がバリアフリーが整わない家に住み、家庭内の事故が増えていて安心安全な場所ではありません。
お年寄りが安心して暮らせる高齢者住宅の整備は、社会インフラの一つとして絶対不可欠です。
国も、行政も、地域社会も、それぞれ果たす責任がたくさんあります。
私自身は、地域のお年寄りが安心して住めるために、せめて「便利なご近所さん」として役割をはたそうと思います。
でも、「どこで暮らすか」はもちろん大切だけど、「老後に何をして生きるか?」はもっと難しい問題なんだろうなぁ。